『啐啄同時』 今まさに悟りを得ようとしている弟子と、それを導く師家の教えが絶妙に呼応することを意味する禅宗の教えです。
語源は、雛がかえろうとするときに殻を内からつつくことを「?(そつ)」といい、母鳥が外から殻をつつくことを「啄(だく)」といいます。まさしく、その機を外さず親子の呼吸が合って生命の誕生が可能となる清新な瞬間です。この『啐啄同時』の呼吸は、教育の様々な場面での重要な「機」となると考えます。
多発する青少年の事件は、教師・保護者そして地域社会の大人達に計り知れない不安と混乱をもたらしています。「子どもの心が分からない」という言葉を聞くと、不易な教育の力はその光を失ってきているのでしょうか。分かっているようで本当は分かっていない、知っているようで知らない子どもの心がクローズアップされ、その心が読めない掴めない今こそ『?啄同時』の呼吸を失いたくない思いがします。
子どもは社会の宝です。健全な地域社会とおもいやりのある人間関係の中で厳しくもあたたかく見守り育てていき、『我が子(教え子)に限っては』と後悔する事なく、親として教師としての厳格な姿勢と教育力を持ちたいものです。子どもが発するサインを見落とさず、事の善悪や人間としての生き方を教え諭す機を外さぬ『啐啄同時』の心と目をもって教育に当たりたいと考えています。
福岡市立板付北小学校
校長 松尾 修子
啐啄同時(そったくどうじ)
校長先生の部屋