由 来
1984年のこと、本校運動場正面にある松本池の向こうに9本の樹齢50年を超える桜の木があった。
これが道路拡幅工事のために伐採されることとなった。春を待つ蕾をいっぱいつけた桜の木々。
そのうちの一本がある日切られてしまった。
それを見た一人の名もなき市民が(十数年後、土居氏と知れる)次の一句をマジックで書き、桜の木に結びつけた。
「 花守り進藤市長殿
花あわれ せめてはあとニ旬
ついの開花を ゆるし給え 」
それを見た心優しき業者の温情だったのか、一週間たっても残りの木は切られなかった。
その歌のことが地元の新聞で報道され、桜の木には次々と花惜しむ歌の短冊や色紙がよせられた。そして、ある日その歌の中に、
「 花惜しむ 大和心のうるわしや
とわに匂わん 花の心は
香瑞麻 」
の一首があった。 当時の福岡市長進藤一馬氏の返歌でした。
このいきさつが、NHKTVのローカルニュースで流され、そのニュースがたまたま福岡に来ていた、團伊玖磨氏の目にとまり、随筆「パイプのけむり」で紹介された。さらに、「リーダーズ・ダイジェスト」で世界にまで報道された。この見事な花惜しむ心のリレーによって、桧原の桜はついの開花どころか、永久の開花を許されたのです。
この話は学習研究社の6年生道徳読本「みんなの道徳」と大阪書籍の1年生道徳読本「生きる力」にも掲載されている。
桧原桜(ひばるざくら)