小呂の『おくんち』
 長崎,唐津,能古島の『おくんち』ほど知られてはいま
せんが、小呂島にも『おくんち』はあります。
 『おくんち』は『御九日』のことで、旧暦の9月9日の祭礼の
ことです。近年では、集落によっては、祭りを休日にあて、こ
の旧暦9月9日にあまりこだわりなく、日程をずらして行われ
てきているところも増えてきているようです。
 小呂島では、毎年10月21日に『おくんち』の祭りが行われ
ます。小呂のおくんちは、他所のおくんちとは、やや趣を変え
て、漁師の海に生きる意気込みを子ども達に伝えるといった
船の中央部に御神酒(おみき)
と新鮮な魚2匹をそなえる米と
塩を盛ったお盆の上に置く。
意味合いが濃いもののようです。秋の早朝、男衆は、大漁旗
を何枚も張った三号船という大型の漁船に乗ります。そして、
海の神々(あるいは船魂様か?)に御神酒(おみき)、獲れた
ての魚を2匹、それぞれお盆に米と塩を山と盛った上にそなえ
ます。やがて家々の父親は子どもとともに乗り込み沖へ出ます。
若衆はもちろん威勢良くはちまきを締めて乗り込みます。
まだ薄暗い港に女衆や古老達は、全員港で見送ります。
 男衆が乗り込むと、港をゆるやかにすべり出した三号
船は、防波堤を越えやおら沖合に出ていきます。玄界灘の
荒波に逆らうように、船のへ先を真っ正面に向けて、わざと
のように波しぶきを大きく立ち上げます。
夜明け前の三号船の様子
大漁旗が沢山飾られる。
 スピードを加速していく間に、いよいよその荒々し
さが限界まできた時を見計らって、声高らかに「シチョウー、シ
チョー」と海に向かって叫ぶのです。入学前の幼児から、小中
学校の児童生徒まで、波しぶきを体に受けながら、大人に
負けず、荒波に負けず、頭上にひるがえるたくさんの大漁旗を
あおぎ見ながら。
 「シチョー、シチョー」と大声で叫び続けます。船は島の沖で
左回りに3回大きな円を描き終わると、やがてゆっくりと小呂島
の港に帰ってきます。
父親と子どもで乗り込む
 幼児も小中学生も、船の揺れ、強烈な潮風、荒波に負け
ず帰港してきたことに、ほこらしげな顔です。迎えに出た母親達
もその笑顔を見て、ホッとします。
 みんなの上陸が終わると、町内会長さん、島の漁協の組合長
さん、古老、学校長を中心に世帯主が円座を組み、祝いの酒を
酌み交わします。この頃になると、夜がすっかり明けてきます。
 「シチョー」の語源は、はっきりと分かりません。古老の話では、
「必勝」つまり「大漁祈願」につながるのでは(?)との事。
父親と子どもは、きりりとはち
まきを締めて乗り込む。若い
衆に先生方も交じる。
 「翅鳥」(しちょう・空を飛びかける鳥・・・・つまり、速く走りいさ
ましい様子)も考えられます。
 また、小呂島がかつて宗像領(鎌倉期)であることも考え
合わせると、宗像の大島、神湊間に今も行われている海上神幸
祭(宗像七浦の漁船団が満船飾で供奉する海上の祭り)の小呂
島版と考えることも出来ます。
 いずれにしても海の神々への敬けんな祈りが、小呂島では、
このような形で残ってきたのかもしれません。 玄界灘のど真ん中で、大揺れ
の中、子ども達は海の荒々しさ
を体ごと学ぶ。
小呂島の沖合を三号船は、左
回りを3回、勢いよく旋回する。
夜が明ける頃、ようやく帰港。
子ども達の表情にも安堵の
様子が。
おわり 帰港後直ちに、町内会長を
中心に円座を組み祝いの酒
を酌み交わす。