『島から島へ』
  『島から島へ』とはいっても、昔流行(はや)った島へ嫁ぐ花嫁さんの話ではない。離島(しま)の子が、ほかの離島(しま)への学びの旅をする話である。
 本校は、毎年1回全児童生徒が社会(科)見学を行い、一泊二日から二泊三日の日程で本土学習の体験を行っている。本土から隔たった離島の子ども達に、修学旅行とはやや趣を異にした見学の旅である。ふだん経験できない本土の文化施設や、交通の様子(乗り物)体験をはじめ、それぞれの学年の学習目標あわせて、凝縮した内容でプランを立て実施してきている。目標はたくさんあっても、短い日程と限られた予算では、難題も多く、毎年のことではあるが、担任はその計画から予約そして実施と苦労の連続だ。(特に出発当日や帰島日の渡船欠航が怖い。担任は、あわてる。渡船は日に一便。そして欠航は年間50日から70日だから、その確立は低くないのだ。)
 これまでの目的地は学年によっても異なるが、近くは福岡市街地、北九州市、佐賀県。遠くなると長崎県、宮崎県、鹿児島県、広島県まで足を伸ばした。その体験学習の中で、本校の子ども達は、陸の交通の便利さを知るとともに、街(まち)の人々の様子、商店の工夫、島では見ることのできない工場(工業)の様子、水産業の活性化のための工夫と努力を直に学んできている。
 しかし、これまでの社会見学が、やや単調なプランに流されはじめてきていることに、先生方も気づきはじめてきた。前記のような目的地の見学も、それなりに意味はある。しかし、それは、本土ならではの生活や産業の様子であり、どことなく、よそ事でもある。見学旅行で学び、自分の島に直接生かす工夫(学習)へとつなげるには、やや薄いものがある。では、この社会見学をふるさと小呂島を知り、これからの島を活性化するために直接つながる『ふるさと』総合学習に位置づけては(?)ということになった。そこで思い切ってこの際目的地を変えてみようということになった。
 島の子にほかの島を見せてみよう、ということである。小呂島の子ども達が、ほかの島を直に見ることで、さまざまな離島のその地域的条件を知るとともに、離島の人々の工夫や努力やかかえている問題点を学んでほしいと思ったのである。地域や保護者の中に「島の子が、何で島に?」と思われた方もあるやに聞いたが、子ども達がこれまで取り組んできた総合学習の成果もあってか、結果的にはその主旨を理解してくださった。
 5月末は、本校の社会見学ラッシュである。第3週は、5・6年生、第4週は、中学生と続いた。5・6年生は、小呂島のすぐお隣の島・壱岐島である。私と担任とで、5名の児童を引率した。出発の日の朝、玄界灘はいつもと様子を異にしていて、べた凪であった。担任も私もまずそのことにホッと胸をなでおろす。さて、その5名の、船中・筑肥線・そして壱岐島での会話。
「なんでこげん遠回りせないかんとかいな、父ちゃんの船やったら、壱岐島まで20分って言いよったとに」(姪浜・唐津経由で4時間以上もかけての壱岐への旅が、この子には大いに不満らしい)
「そげん言うたっちゃ、渡船がないけん、しかたないやん。」
「壱岐行きの高速船が小呂に寄ってもらえばいいっちゃない?」
「そげんことしても、小呂で乗る人も降りる人もほとんどおらんけん、油代(燃料のこと)がもったいないやない。」(この子にとっては、最近の油代の値上がりが気になっている。)
「そうたいねー。」
「小呂にも壱岐のごとホテルやらあるとよかね。温泉があったら博多からお客さんもいっぱい来るっちゃない?」
 そのほか、壱岐島を縦横にめぐらしているアスファルト道、観光客対策、土産物の種類と値段、病院をはじめ公共施設の完備されている様子など二泊三日でつぶさに見て回った。今、その発見と驚きの旅を社会科の学習を中心に、まとめにかかっている。我々は、その学習の様子を,、ある時は近く、そしてある時は遠くから、じっくりと見守っている。
 さて、私は今、この文章を屋久島へ向かう高速船トッピーの中で書いている。今度は、中学生全員を担任と引率して『島から島へ』の旅の最中である。7名14の瞳が、自然と人間の共生をめざしているこの島の、何を見つめ、どんなことを学んでくれるか楽しみである。