『玄界灘・冬景色』 
  島と別れが近づいてきているからだろう。この"たより"にもアレコレと書きたいことが浮かぶ日が多い。港を散歩しながら、グラウンドの子ども達を見つめながら、教員住宅から、玄界灘を見下ろしながら、書きたいことが浮かんでは、すぐにメモを取っている。その中から今回は冬景色三題を。
 
 ビワの花

 ビワの花は冬が真っ盛りだ。通学路に、山の段々畑の脇に、寒風吹きすさぶ頃になると、わが天下とばかりに純白の五片の花びらを勢いよく開き始める。秋の桜がコスモスなら、ビワの花は『冬桜』とでも書きたいほどだ。ロバの耳みたいな葉(詩人まどみちおさんの言葉を借りれば)に包まれながら枝々にびっしりと白い花を開かせると、辺りはほんのりと香しい。こんなところもバラ科なのだろう。
 「みなさんはビワの花を知っていますか?こんなに寒いのに、仲間みんなで肩寄せ合って咲いていますよ。みんなもビワの花に負けず、強く仲良く厳しい島の冬を乗り切って下さいよ。」と、全校集会で話すと、「ふーん」という顔が多かった。あまりビワの花には、気づかなかったらしい。しかし、ちゃんと五年のM子は、その翌日私の所に短歌を持ってきてくれた。
【ビワの花】
 登校中坂道歩いて見つけたよ 冬にも負けず咲くビワの花


 ムサシアブミ


 島は湿度が高いからだろう、山中に、通学路の脇の林の中に、ムサシアブミが群生している。夏には細い山道さえ隠してしまうほどだ。大きな団扇のような緑の葉を左右に広げ、その真ん中からは、ちょうどコブラ蛇が鎌首をもたげたような花を咲かせ、こちらを睨みつけているのだから、何とも落ち着かない。しかし、これも晩秋から初冬の頃にもなるとすっかり様子を変える。葉はしおれ土にもどり寂しいが、その代わりに花は大人の拳ほどの紅色巨大イチゴのような実となり山道を明るく照らす。
 秋から冬にかけて、このムサシアブミの実を見る度に、私には30年前のある事件が蘇る。
 当時1年生の教え子が、下校途中脇道に入り、この実を食べて倒れたのだ。怖いもの知らずの島っ子・K君は、これを大イチゴと間違えたらしい。
 K君と同伴して脇道に入ったM君から連絡を受けた私は職員室から飛び出し現場へとかけつけた。山道をかきわけかきわけその場所に着くとそこにK君は仰向けになり、口からは紅いアワを吐きながらワーワーと泣いていた。(あとで聞いた話だが私を呼びに来たM君も一緒に食べたのだが、M君の方は、その何ともいえない味にすぐ吐き出したとの事。しかしK君はゴクリと飲み込んでしまったのだ)。すぐにK君をうつぶせにして胃の中の物を急いで吐き出させた私はK君をおんぶして診療所へ。その後、この実には軽い毒性があると、植物図鑑にも載り始めた。今でも学校集会の度に、ムサシアブミの実を山イチゴと間違えて食べないよう注意することにしている。K君は今、二児の立派な父親になっている。
【ムサシアブミ】

 個人漁

 八ヶ月間続いたまきあみ漁(集団漁)も、12月いっぱいで終わる。1月早々から4ヶ月間は個人漁に入る。この4ヶ月間は、漁師の家一軒一軒がライバルとなり、どの家々もいきおい力が入る。早朝も早朝、午前3時頃から我が家の船の帰港を、母ちゃん、おじいちゃん、おばあちゃんが待っている。休日にはそれに小中学生も手伝いにかけつける。子ども達の主な仕事は、たて網にかかってきた魚をはずし、それを種類別に分け、箱に入れることだ。5・6年生や中学生がつなぎ(・・・)のゴムズボンにカッパを着ると、もうどこから見ても大人と変わらない。かじかむ両の手を、時々炭火で暖を取りながら黙々と働き家を親を助ける。猫の手も借りたい個人漁の冬。自分が何をするのか、子ども達はちゃんと分かっているのだ。5年生のR君が俳句を創って私に持ってきてくれた。

 個人漁 姉と一緒に お手伝い

学校が休みの日は夜明け前から手伝いをする小学生

箱詰め作業も大人達に混じって

大人達に混じって働く中学生、力仕事のなんのその

寒い冬も長ゴム手袋をつけて元気いっぱいだ