『小呂島の子守歌』
 私はなぜか子守歌が好きです。特に日本の子守歌にひかれます。そこに現れている郷愁を誘う旋律が、自分の遠い昔へといざなうからかもしれません。かと言って、自分の母や祖母が歌ってくれたという記憶もありません。もしかしたら小さい時は、3ヶ月ほど理由(わけ)あって、知人の家にあずけられた経験がありますが、その時におばさんが枕元でよく歌ってくれたことに起因するのかもしれません。もしかしたらそんな時、両親への会いたさを子守歌でなぐさめていたのかもしれません。いずれにしても幼児体験の中のどこかに、私と子守歌を結びつける何かがあるのでしょう。そんな私ですから、一人旅の最中、ひと所に留まっては、その土地その土地の風景をぼんやりとながめながら、口ずさみ出てくる短くややマイナーな旋律の子守歌です。しかしそのほとんどは、楽譜も書けない私にとって、歌っては消え歌っては消えしていくばかりです。今でも気に入っている(いた)のですが、忘れてしまった(消えてしまった)曲に、白夜のフィンランド・ラップ地方を旅していた時、アメリカインディアンのテント生活とそっくりのラップ族の一団を見て思わず口をついて出た曲『ラップランドの子守歌』があります。「ラップ ラップ ラップランドの子守歌」と最終小節のみは今も歌えるのですが、その前の節が全然浮かんできません。
 余談が過ぎました。本題にもどります。そんな私は、能古島に赴任した折『能古子守歌』を創っては能古の小中学生にプレゼントしてきたりしたのですが、小呂島に赴任すると、ここでも創りたくなっていました。しかし、飲む機会も増えたからでしょうか、出てくる曲は演歌ばかり。もう島の暮らしも後がなくなってきてこれ以上延ばせないと急きょ詩とメロディーを書き留めたのが次の曲『小呂島の子守歌』です。3月13日の小呂小中学校合同音楽会では、小中学校の子ども達全員(17名)が歌ってくれました。歌うことが大好き、音楽大好きな小呂島の子ども達にこれからも末永く歌ってもらえば、嬉しいことこの上もありません。

       『小呂島の子守歌』  
                                            
ねんころろん ねんころろん  小呂(おろ)ん子 よい子だ ねんころろん
 
1 ねんねこ 小呂ん子 ねんころろん    
    はよ寝ろ 壱州(いしゅう)()も消えた  お(とう)の夢見て ねんねしょう
 
2 ねんねこ 小呂ん子 ねんころろん
    夢からさめたら (とう)ちゃんの  大漁船(たいりょうぶね)が 帰ってくるぞ
 
3 ねんねこ 小呂ん子 ねんころろん
    よい子の土産(みやげ)は 何がよか  (とう)ちゃん無事なら それでよか
 
ねんころろん ねんころろん  小呂(おろ)ん子 よい子だ ねんころろん