小呂島このごろ (秋編)
福岡市西方沖地震では、この港のエプロン(というのだそうです。)が少々Sの字に歪みました。その他は、ほとんど被害はなかったのが幸いでした。
現在復旧工事中です。工事が終了すると、再びここに勇ましい大型船が18艘並ぶはずです。
7月に短く切りそろえた七社神社のソテツです。樹齢300年を超すとも言われています。後ろに高くそびえて立っているのは、フェニックス。南の暖かい風に包まれてどんどん大きくなっていきます。『小呂祝いめでた』に、〜さても見事な七社のショテツ(ソテツ)、七社のショテツ〜と唄われています。
七社神社拝殿裏のビロウ樹。かつては自生ビロウ樹はここが北限といわれていましたが、今は島の北50kmの所にある沖の島(福岡県宗像市)が北限とされています。
保存食のタマネギ
普通のタマネギ、赤タマネギが島は段々畑で作られます。野菜不足なりがちな島人にとってタマネギは長期保存が利く貴重な野菜です。どの家も秋頃には、このように少なくなってきております。
その代わりに次は芋(イモ)の収穫があります。これは収穫後の畑、後ろにはツワブキの花が群生しています。とても美味で、島を離れた人も、懐かしがってよく送ってもらっているそうです。本土までの便がもっと増えればきっと島の特産品になることでしょう。
同じく芋(イモ)畑です。(収穫前)
今、島は、真っ黄色のツワブキの花が咲きほこり、全山明るく照らしています。今は食べることが出来ません(春に茎を食べます。)が、山道を歩いていてもその明るさがほっとさせてくれます。
梅雨時でもないのに、くわの実が色づいています。とてもおいしい実で、果実酒も作ることが出来ます。このところの暖かさで、くわの実も夏と間違って、色づいたのかもしれません。山田耕筰の名曲「赤とんぼ」にも歌われています。
通学路にネムの花も咲いていました。ネムの花も普通は6月に咲く花です。やはりこの暖かさから季節を間違えたのでしょうか。
通学路には、真っ赤なガマズミの実がたわわに実っていました。日蔭の冷んやりとしたここは、やはり秋でした。
通学路のビワもたくさん花を付けていました。ビワの花はあまり目立たない姿で、じっと冬を過ごし、来年の夏にはおいしい実を付けてくれます。大きくはなりませんが、島のビワは自然の味がします。
島には数少ないクリの木です。クリの実をとるというより、正月の祝い箸(栗箸)を作るために植えてあります。
島のいたるところに見られるアキグミです。食べることもできますが、とても小さな実です。鳥が食べては、糞と一緒に種を地面に落とすので、どんどん増えていったのだと思います。昔は子供達の山遊びのおやつだったそうです。
島にはタケノコ用のモウソウチク(竹)はないのですが、このように細く小さな竹はここだけに生えています。小呂竹(オロダケ)という固有名を持った種があるとのことですが、もしかしたら、これがよく似ているので、その小呂竹というのかもしれません。いずれ調べてみたいと思います。
通学路脇に置かれた大きく平たい石です。この石の周囲は畑ですが、ここだけは昔から決して耕しません。私はこれはもしかしたら、古代遺跡のドルメン(支石墓)ではなかろうかと考えているのですが、・・・いずれ発掘される日が来るかもしれません。(金印が出てくるかも?)
段々畑の脇によく見られる大ガメと中ガメです。昔は室内で水ガメや酢ガメや醤油ガメとして使われていたものですが、今は不要になったので、畑の水ガメとして、使われています。(雨水をためておいて、畑に使います。)
小呂島に初めて公園が出来ております。段々畑をつぶした急斜面の公園なので、三段になっており、広い公園が出来ないのが残念です。でも、子供達もグラウンドゴルフが上手なお年寄りの方々も首を長くして、その完成を待っています。
小呂港の防波堤の工事も、ただ今急ピッチ、玄界灘の荒波をまともに受けないように、正面を防ぐ工事です。完成したら漁船は、右へと迂回して、入港してきます。台風の時の博多への漁船の避難も、しなくてもよくなるかもしれません。