小呂島(おろのしま)の位置と地名
 前回は、「学校のうつりかわり」についてお伝えいたしました。ところが(小呂島っていったいどこ?)
って思われるかも知れませんね。そこで、今回は、小呂島の位置と地名についてお話しいたしましょう。
 小呂島の位置は、福岡市全図で著すと次のようになります。
 市内といっても、いわゆる市街地からかなり離れていることがお分かりいただけると思います。
 福岡市西区の姪浜(めいのはま)という所から一日一便(火・木・土・日は二便)の渡船が出ているのですが、
約45kmあり1時間と少しかかります。ちなみに小呂島から真西に浮かんでいる壱岐島(長崎県)まで、
約20kmです。
 こんなに離れた、しかも小さな小さな島ですので、地名入りの詳しいものが見当たりませんでした。それでも
八年前(私が本校教頭の頃)何とかして手に入れたものが、次のような島の等高線図でした。
 この地図は、昭和45年福岡市で作られたものでした。私は、これをもとに小呂島の地名入りの
地図を作ろうと考えました。その当時、小学校が100周年、中学校50周年を迎える記念すべき年
でしたので、作成したものを何とか記念誌に入れることが出来ないものかと考えたのです。それでも
地名入りの地図を作るのはなかなか骨が折れました。島の方々、特に古老がよくご存じのはずなの
ですが、聞いてまわればまわるほど、その位置と地名が微妙に違うのです。集会所に古老に集まっ
ていただきながら、地名と位置について、どうにか歩み寄りをみていただき、数ヶ月間かかって、出来
上がったのが、次の地図です。
 また、地名を古老に尋ねまわって作っていく内に、様々のことに気づかされると共に、次なる疑問(そのいわれ
などを調べてみたくなる。)が生まれたり、楽しい想像がふくらんだりしたものでした。
 例えば 
・一本松(松もないのに?)
 ・殿の山(福岡の殿様が来たのかな?)
 ・ヨシイ原(芦が茂っていたのかな?)
 ・御手洗(おちょうず=昔は、わき水が出ていたのかな?)
 ・穴口(あなぐち=この穴から島の地名創設物語に登場する大蛇〈オロチ〉が入った?)
 ・水尺(海につきさしたものさしの意味は?)
 ・貽貝瀬(いがいせ=ここは、貽貝がいっぱいか?)
 ・越前(こんな場所に、福井県辺りの地名が・・・なぜだろう。)
 ・ナヤバ(昔はこの付近に漁師さんの作業場があったのかな?)
 ・三吉(人の名前のようだが、どんなことで名前が地名として残ったのだろう?)
 考えていくと、次から次へと想像がふくらみます。今後、機会を見つけては、これらの疑問について調べて
いきたいと思っています。みなさんも自分の校区や旅先の地名などで「おや?」と思うことがあったら、調べて
みたり、想像をふくらませてみてはいかがでしょう。
 
 今回は私の住んでいる島の位置と地名がよく分かっていただければと思い、地図作成までの話をいたしました。
                                                       第二話 おわり